大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松江地方裁判所 昭和58年(わ)49号 決定

被告人 T・K(昭三九・七・二二生)

主文

本件を松江家庭裁判所に移送する。

理由

一  本件公訴事実は別紙起訴状記載のとおりであるところ、当裁判所が取調べた証拠によればその証明は十分であり、被告人の右所為は、本件各被害者に対する関係でいずれも刑法二一一条前段に該当する。

二  そこで被告人の刑事責任につき検討するに、

1  被告人は、本件事故の当日である昭和五七年八月一三日に普通自動車の運転免許を取得したばかりで、運転経験も未熟であつたから、一層慎重な運転を心掛けるべきであるのに、無謀にも制限速度を著しく超える時速八〇キロメートルの高速度で運転し、ハンドル操作を誤つて本件事故を引起こしたもので、その過失は大きい。

2  本件事故により、同乗者のうち二名が死亡し、一名が全治三か月を要する傷害を負つており、その結果は極めて重大である。

3  被告人には、次のとおりの前歴がある。

(一)  昭和五五年八月七日松江家庭裁判所において、窃盗保護事件について不処分決定を受けた。

(二)  昭和五七年二月二〇日免許証不携帯により、反則金を納付した。

(三)  昭和五七年三月一一日速度違反により、反則金を納付した。

4  被告人は当時一八歳であつたが、その両親に無断でレンタカーを借出して、夜間友人らと遊んでいて本件事故を引起こしたもので、その生活態度及び保護者らの保護能力にも問題があつた。

5  以上によれば、被告人に対し刑事責任を問い、禁錮刑をもつて処断するのが相当であると考えることに理由がないではない。

なお、本件における検察官の刑の量定に関する意見は、「被告人を禁錮一年二月以上一年一〇月以下に処するを相当と思料する」というものであつた。

三  しかしながら、

1  被告人は、本件事故時一八歳、本裁判時一八歳一〇か月余りの若年者である。

2  被告人は、前記前歴はあるものの、未だかつて家庭裁判所において保護処分を受けたことはない。

3  被告人及び保護者らは、反省の情が顕著であり、また本裁判を契機としてその規範意識も深まつたと考えられる。

4  被告人は、昭和五六年一〇月ころ高等学校を二年で中途退学するなどし、その後も不安定な生活状態にあつたものの、本件事故後の昭和五七年一〇月ころ運送会社に就職して以来、トラック助手としてまじめに働いていると一応認められ、その他諸般の事情によれば、現時点では、その生活態度、行動傾向ないし資質に、今後の教育的処遇を困難ならしめる程の問題があるとは認め難い。

5  以上によれば、被告人は未だ可塑性に富み、少年として矯正教育が可能かつ適切であると認められる。四以上を総合すれば、本件事故の重大性を勘案しても、少年法の趣旨に照らし、被告人に対しては、刑罰をもつて処断するよりも、家庭裁判所において(暫時試験観察に付すなどし、更に調査のうえ)適切な保護的措置ないし保護処分に付するのが相当であると思料される。

よつて、少年法五五条を適用して、本件を松江家庭裁判所に移送し、訴訟費用は被告人に負担させないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中恭介)

起訴状記載の公訴事実

被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和五七年八月一三日午後一〇時四三分ころ、普通乗用自動車(島根五五わ五六二号)を運転し、松江市○○町×番××号付近の道路を○○交差点方面から○△町方面に向け法令に定められた最高速度四〇キロメートル毎時を超える時速約八〇キロメートルの高速度で進行中、同所付近の道路は左に湾曲していたうえ被告人は同日普通自動車の運転免許を取得したばかりで運転技術は未熟であつたから、十分減速し、かつ、急激なハンドル操作をさし控えて進路の安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、減速しないで漫然前記速度で進行し、かつ、道路左方に寄り過ぎたことから急激にハンドルを右左に切つた過失により、自車を右左に暴走させたうえ同市○○町×番地先の道路右脇に設置されている消火栓柱及び電柱に激突させて仰転させ、よつて、同車に同乗していたB(死亡当時一六年)を頭蓋底骨折により、同C(死亡当時一五年)を頭蓋破裂によりいずれもそのころその場で死亡させたほか、同D(当一八年)に対し全治三か月間を要する右肺挫傷等の傷害を負わせたものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例